私個人がカイロプラクティックを始めたのは、個人的に慢性腰痛で悩んでいたこと、偶然ですが治療に関して特別尊敬
できるカイロプラクティックの先生に出会ったことが大きな理由です。この辺の理由はこの業界ではよくある理由だと思い
ます。姿勢が悪かったり、ストレスを感じやすかったのかもしれませんが、20才の頃から腰痛を感じるようになり、25才位
の頃が一番つらかったです。

 発症の20才の時は大学生で、工学部の機械工学専攻でした。製図をしていると腰が重くなると実感するようになり、きっ
と子供の頃からの姿勢の悪さの蓄積が、この時期に臨界点を超えて腰痛が発症したのだと思います。しかし当時は腰痛
を軽くみていて、内臓の病気でもないので病院にも行かなかったし、腰が重いとは思いつつも放っておいて毎日を過ごして
いました。

 大学卒業後、日本ビクターという音響機器メーカーで商品設計の仕事に打ち込んでいました。さすがに何の治療もせず、
日々のメンテナンスもしていないので腰痛がさらにひどくなっていきました。

 そして自分自身の腰痛に根を上げてしまい、お決まりの整形外科に行きました。数件行きましたが、どこの病院でもX線
撮影後、異常なし。その後湿布薬の処方のみでした。また別な整形外科では胃も重い気がすると訴えたら、医師は腰痛
と胃もつながっているとのことで、胃薬も処方されて、湿布と胃薬の治療でしたが、結果として何の改善もしなかったです。
このとき病院は全ての不調に対応しているのではないと初めて理解したのです。

 それから社会人になり多少の収入もあったことから代替医療巡りが始まりました。ちなみにその時点でカイロプラクティ
ックは全く知らなかったです。マッサージ・指圧・整体・中国整体等、かなり行きましたが、病院と同じで治癒には至りませ
んでした。しかし時間をかけて身体に直接コンタクトされる心地よさはこの頃に実感として感じる事ができたのです。

 その後母が時々行く鍼灸治療院を紹介してもらい、しばらく定期通院していました。ここは腰痛に関してはそれまでで一
番効果がありました。行くと痛みは減ります。しかし素人なりに根本治癒とは違うと感じていたのです。今から思うと患部の
筋肉の圧痛は減ったのですが、身体を曲げたりひねったりと、大きく動かしたときに鈍い痛みが出てくること、そして身体
の内面から生命エネルギーが増してスッキリした感じが無かったことが、根本治癒を感じなかったのだと思います。

 自分なりに多少の勉強をして鍼灸治療を受けるだけでなく姿勢の改善やストレッチ等もやってみました。一定の効果は
ありましたが、心の底にこれは根本治癒とは違うといった思いが2年くらい続きました。

 そんなとき、当時コーヒーをよく飲みに行っていた新宿の早稲田(以前は新宿区に住んでいました)にある珈琲館という
喫茶店の2Fにカイロプラクティックの看板があるのをみて何となく気になり、電話番号を控え、後日予約して治療を受けま
した。どんな治療術かはよく分からなかったのですが、いろいろな治療術巡りをしているので、どんな治療術も気軽に受け
られるようになっていました。

 何気で受けた治療でしたが、結果として、このたった1回の治療で発症して5年くらいの腰痛がほとんど消え、身体を大き
く動かしても痛みが出ず、何より気分的に爽快感があったのです。
ここでの治療はカイロプラクティックの世界では上部頚椎ホールインワンテクニックといわれるもので、首の骨1発で5年分
の歪みが消え去った気がしました。後で聞いたら偶然特別うまく決まったらしいのですが、この瞬間カイロプラクティックに
興味が出てきたのです。そして私の治療術巡りは終了して、メンテナンスとしての治療はこの治療院のみとなったのです。

 余談ですがこのカイロプラクティックは、現在の世の中の主流の骨盤矯正や全身整体のようなものでなく、かなり少数派
のある意味特殊なカイロプラクティックであることは、その当時は気がつかなくというか知らなくて、カイロプラクティックの勉
強をはじめてから理解しました。
 
 またその頃、日本ビクターでの商品設計の仕事も忙しかったのですが、単調に感じるものが多くなってきて、会社自体が
傾き始めた事を肌で感じたこと、物作りでなく人間相手の仕事に興味が出てきたこと、まだ20代だったので新しい事にも興
味が湧く年代でもあったので、少しは悩みましたが、気がつくと会社を辞め、カイロプラクティックの勉強をはじめることにな
ったのです。